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ハード・業界
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【悲報】最近の若い衆、任天堂の「カラーテレビゲーム」を知らない
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任天堂の「忘れられた?」据え置きゲーム機 「ファミコンが初じゃなかったのか…」
任天堂は「ファミリーコンピュータ」を1983年7月15日に発売し、後に日本中へと広がる一大ブームを巻き起こしました。このファミコンに先駆けること5年前の1977年に、同社初の家庭向けTVゲーム機「カラーテレビゲーム」が発売されます。
「カラーテレビゲーム」は、15種類のゲームが遊べる「カラーテレビゲーム15」(15000円)と、遊べるゲームは6種類と少ないが価格も安かった「カラーテレビゲーム6」(9800円)の2種類があり、ユーザーは好きな方を選べました。
https://i.imgur.com/gb87GgK.jpeg
https://news.yahoo.c...8b8fb0b9024215aba8cb - コメントを投稿する
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ええな
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もうファミコンを触ったことがない世代が社会人になってるのよ
ゲーム&ウオッチとかカラーテレビゲームなんて知るわけがない -
なんか昔の黄色と今の黄色違うって聞いたな
ファミコンの頃の黄色はブラウン管テレビで黄色に見える色だったけど、今の液晶テレビだと違う色に見えるとか
ドラクエのゴーストとか、今のテレビに映すと黄土色な感じ -
これ数年前にブックオフで3000円売ってたわ
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日本人がビデオゲームを「テレビゲーム」と呼ぶ由来になる程度にはすごいゲーム機
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最近の若い衆(40歳)
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エポック社のカセットビジョンがファミコンより先に30万台くらい売れてたんだよな
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これ知ってるのってどの年齢層なん?
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50代ならみんな知ってる
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エポック社はテレビベーダ―とかも出しててなにげに凄かったんだよね
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なにこれ
どうやって遊ぶの -
ゲハでは義務教育レベル
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ブロック崩しみたいなゲームかな
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6の方は家にあったな
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若くなくても知らない可能性大
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ファミコン世代でも普通は知らないんじゃ?
ゴミだらけのリサイクルショップに見慣れないオレンジのゲーム機があったけど
それがテレビゲーム15だとだいぶ後に知ったぐらい -
このテレビゲーム6と15は基盤がどちらも15の方の基盤が使われていて、確か基板上でショートか筺体側で遊べなくされてるだけだった
任天堂の売りたい本命は15の方で、この廉価版と豪華版を両方出す作戦は上手くいき、15の方が圧倒的に人気で売れたらしい -
基板な
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そもそもファミコンの色に黄色は無いんだよな
だからパックマンなんかも濃いクリーム色みたいな色になってる -
大昔は赤白黄のアナログコンポジットじゃなくてRFスイッチでテレビに繋いでたのを知ってるのはもうオッサンオバサン
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何処の誰だが知らないけれど
誰もがみんな知っている -
ファミコンが出る前のゲーム機なんてせいぜい固定16色だからね
いろいろ制約はあったものの52色のファミコンでもかなり豪華だったんよ -
昨日のアタック25nextで1977年を当てる問題で出てた
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アタックで見たけど初めてだったわ
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発売年は知らんかった
日本初テレビゲーム機のテレビテニスが1975年は知識として知ってたが -
任天堂の同じような見た目のブロック崩しなら持ってたな
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これを知ってる奴は本物のゲハ民だなw
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テレビゲーム15ってスマブラのアシストにあったやつかな?
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実家にあったな
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戦後生まれの叔父がやってたらしい
ゲハ遺伝子は継承されるんだな
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