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鉄道懐かし
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【東京急行】懐かしの東急電鉄 Part.3
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復活しました。
《過去スレ》
懐かしの東急沿線風景
http://engawa.2ch.ne....cgi/jnr/1229409048/
【東京急行】懐かしの東急沿線風景 Part.2
http://mao.5ch.net/t....cgi/jnr/1372120996/ - コメントを投稿する
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アマガエル、湯たんぽ、弁当箱、海坊主。
これほど渾名をたくさん付けられた大手は他にない -
海坊主だけは知らん
マニアが勝手に言ってるだけだろうが -
もし新幹線開業の1年後くらいに新横浜線が開業していたら新幹線新横浜の隣に
小田急と京王の多摩センターの様に東急と相鉄の高架駅が並んだ筈
それぞれ大倉山と西谷から地上で分岐して立体交差で本線を越えて新横浜へという感じか
それでも両社の直通は多分2020年頃だろう -
あれはデザインの失敗としか言いようがない
ライトを幕部から腰部に移したのなら、跡地には方向幕を置いて幕部ががらんどうにならないようにすべきだった
幕部に水切りさえ無いから坊主になるw -
方向幕なんか付けたらメンテナンスが大変!
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だから何
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種別表示幕と行先表示幕は必要
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要らんだろ
急行が隔駅停車と揶揄されてたのに
各停だろうが急行だろうが着順同じ -
TKK=とても混んで殺される
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日吉で各停1本抜くだけ もしくは急行退避ナシの各停とマターリしてましたね
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全線で最低でも一本は追い越してもらわないと急行を名乗る資格なしだな
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狭い日本 そんなに急いで 何処へ行く
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社畜に何言っても響かん
急いで出社して仕事するしかない -
桜新町は地下駅ながら追い越しできるようにしたのは評価して良い
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通過追い越しでは駄目だ
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地下で追い越しできる駅はここが日本初?
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隔駅停車が東横線の代名詞みたいになってるが小田急や京王も大概に遅い
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湯たんぽの異名は銀カエル
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ロングおじさんが東横線の急行を「急行の看板を多摩川に投げ捨ててしまえ」と言ってた
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渋谷で急行に乗り損ねた直後に発車する優等待ち合わせ無しの各駅停車で桜木町まで
桜木町を降りたら関内、伊勢佐木モールまで徒歩で行く -
夜間下りは日吉〜菊名が激混みだったから
待避駅を自由が丘と菊名に改めた事は大英断だった
むしろ特急の運転開始よりそっちを褒めてやって -
まだ短い8両の急行走ってるんだ
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もう何年前か覚えていないが新聞にコラムみたいなのを書いていた時にも関東圏各線のスピード面についてこき下ろしていた
東急や小田急は、量(運行本数)にこだわりすぎて質(スピード)が疎かになっている、と -
阪神並みの高加速車を入れたらまた状況は変わってただろうか?
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スピードにこだわり過ぎて福知山線事故みたいなのになったら困るわ
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平行ダイヤは実は不公平感の最も少ないやり方だけどね
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長大路線でダラダラと平行ダイヤで走られるとイライラMaxにはなるが東横線レベルならまた許容範囲内だな
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路線の長さなんか何の関係もない
ノロノロはイライラするに決まってるだろ -
いい年して決め付けなんてみっともない
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>>32
でもせっかくの高性能も発揮する機会がなくて宝の持ち腐れだったな -
東洋製わ遅い
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7000日立が最高
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日立と言えばポンパ号
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>>36
水間か福島か、走りがこれほどまでに良くなくても構わないけど車体のサイズが合うのがこれしかないから消去法で7000に決めたという話 -
秩父へ行ったものが最もオリジナルに近かったが「大事にかわいがってね」と言った
割に早めに潰したので、東急サイドはムカついたらしい
上田の5000,5200もリリーフ役だったな -
>>40
走りが良過ぎて駅に止まれず激突したことあったぞ -
>>40
車体長や車重が地方私鉄の規格に合う、、乗務員扉の次位に客用扉があってワンマン運転に適している、
塗装のメンテナンス不要、などなど好条件なんだが。
パイオニア台車が降雪地域では仕様に難があるといわれたが
弘南と福島はそのまま使い続け、北陸は西武の旧品に履き替させて
対応が分かれた。 -
>>42
あれは結局原因不明だってな -
>>43
東北の雪ならまあオーケーでも裏日本の重い雪ではしんどい、とか -
アマガエル5000系以降、5200、6000、7000、8000、8500と尽く地方ローカルへ送り込んで売り上げの足しにしている
東急の商売上手には恐れ入る
保有台数で上回る東武にも真似できないことはないのだが -
東武はローカルへ売るまでにまず自社の支線区へ異動させ、そこで生涯を終える
支線区の少ない東急とは根本的に条件が違うだけの事で商売上手・下手とは無関係
中古の売り込みで見るべきものがあるのは、京王 -
中古化したら支線に転属させずに地方ローカルへ売ることもできるはず
じゃあ支線の車両が無くなるじゃないかと言うなら
支線も幹線と同じように新車を配置すればいい -
東急の特筆すべき事は、まだ手元にツリカケ車が多く残っていた70年代末からカルダン車を譲渡し始め、地方私鉄の体質改善を後押ししたこと。
中古車の譲渡はそれよりはるか以前から西武小田急もやってたが、旧式ばかりだった。 -
オイルショックの時に名鉄へ3700を売ったのは話題になった
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あれは名鉄がどうしても売ってくれと言われたから
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名鉄での力走 乗ってみたかったな6連で特急や高速運用もあったという
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>>51
なぜ廃車寸前の粗悪品を所望したのか謎といえば謎 -
だから名鉄も6000系が投入できるようになるまでのショートリリーフのつもりだった
3扉もデカい要素 -
長野県の三社に漏れなく5000系が進出したことは印象深い
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ドアの窓が小さいのが名古屋の人々には受け入れられたかな
小窓ドアって東急だけだよな -
営団地下鉄
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鈍足なのに名鉄のダイヤにうまく乗せられたのは
加速が他の名鉄車両よりも良かったからか
あと3扉も -
3700が特急に?
信じられん -
通常サイズの窓でも大きいステッカーを貼り付けて実質的に小窓化してる
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「このドアーは九品仏駅では開きません」
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5000系の更新以後の小さいドア窓は絶対にガキの張り付きを阻止すると言う意思を感じる。
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>>65
「ドアー」という表記に時代を感じる -
新京成の小窓は東急よりもやや大きめだった
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5000系が移籍した長野電鉄ではその小窓が珍しがられた
その後営団日比谷線3000系が移籍し、東京の電車=小窓のイメージになった -
ドアの小窓も良いが8090系のおたふくフェイスも思い出してやってほしい
大きな方向幕・種別幕と当時は珍しかった白ヌキ表記
コルゲーションが劇的に少なくなりスッキリした側面
東急ファンにとっては忘れられない電車 -
8090なんて中途半端でなく、9000系を名乗らせても良かった
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8090登場時は低運転台のパノラミックウィンドウは眺めが良かった、後に改造されてしまい残念
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新車紹介のとき初めて「人間工学」という言葉を聞いた
座席の配置や座面の角度に新技術を取り入れたがこれが人間工学の粋を集めたものだったという -
7000→7200→8000→8500→8090という流れだけど
8500まで味も素っ気も無かったのに8090で一気にグレードが跳ね上がった感じ -
8090系の登場で東急のシンボルカラーが赤なのを知った
緑だと信じ込んでいたの -
シンボルカラーなんかあったんかい
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車端部が三人掛けで鞄を脇に余裕で置けた
標準サイズだと多分ムリなはず -
ドア際に立つ客が出入りの邪魔になるからシートエンドをドアのギリギリまで寄せてた
それでも立つ客が無くならなくて根負けしてシートを切り詰めて標準に戻した -
今も昔も迷惑掛ける奴の行動は変わらない
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この座席は、7.5人掛けです。
ゆずり合って、座りましょう。 -
2000が一番カネ掛かってた
後は下降線 -
同意
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>>75
8090の前に8500が赤帯締めてたがな -
無塗装で登場したはずの8000や7000が次々と赤帯になったが
似合わないったらありゃしないw
ステンレス車に色は要らない -
腰板コルゲーションの凸凹が子ども心に怖かったらしく
踏切待ちでステンレス車が来たら大泣きしていたと親に聞かされた -
面倒くせえガキだなw
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凸凹が怖いの?と驚かれたことはあったが
面倒臭がられたことは初めてだ -
>>49
まだ廃車対象じゃなかった5000系を、長電がながの東急百貨店と地元財界に渡りを付けて「地下乗り入れ
可能な車両を下さい」と購入した。それで3000の寿命も少し伸びたのかもしれない。
その後は各社にも5000が譲渡され、その時代にはもう3000は十和田にしか貰われてない -
5000系は長野・松本・上田・熊本・岳南・福島の6社
7000系は弘南・水間・福島・北陸・秩父の5社
7200系は上田・豊橋・十和田・大井川の4社
これだけ譲渡先が多いのは東急の優秀性を物語るものといえる -
18~19m車がローカル私鉄の基準に合っただけ
20m車が主流になった以降、譲渡実績は減ってるぞ -
1000系は上田・福島・伊賀・一畑の4社
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5000系の台車だけが西鉄に貰われて
宮地岳線モ600に取り付けられたが
軽量車体を支える前提の強度しかなかったので
10年ほどで廃棄して今度は西武から台車を貰ってきて取り付けた -
名鉄との交渉過程で5000に変えようとしたが、
あんなの手に負えんと拒否された
直後、不燃化対策で長電に行ったので、
結果的に良かったんじゃないか -
>>94
西鉄600形も、東急5000系ほど極端ではないが軽量車体だったのではないかな
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